デリカシーについてをNotebookLM に書き直して貰う。
問診で聞かれ、自分の耳を一瞬疑った
診察毎に診断がブレるお医者さんだった。
動きが悪く遅い状態を診てパーキンソン病だ。と言い
薬の副作用でジスキネジア(不随意運動の一種)が出ていると、舞踏病かも知れないと
毎回診断が変わる。
ある日、「もしかして近親相姦で生まれた子じゃないの?そんな事を親御さんとかに聞いた事ない?」とニヤニヤしながら言う先生が何か気味悪く見えイラッともした。
医者を科学者や研究者としての面から見れば、あらゆる可能性も追求すべきかも知れない。
患者を治そうと原因究明に一生懸命なだけだったのか、その仮説で論文執筆したいだけか
、大学病院だったし医学の発展の為には多少の嫌な思いは我慢すべきだった?
私が大人げ無かった?
私が大人げ無かった?
デリカシーの無い者同士、私とその医師が引きあって出合ったのかも知れない?
私もデリカシー無いと言われた事があり、・・・そう指摘してくれた人ありがとう、そして傷付けていたらごめんなさい。(当時は優しい嘘より、正直な感想が本人の為、改善の切っ掛けになればと思い込んでいました。🙇)今にして思えば余計なお世話だね!
そのデリカシーの無さは親譲り?
貧乏の為、家計に遠慮し食事量を減らして弱り、相対的に身長も同年代に追い越されていって数年が経った頃に
父が虐められ始めた私に「イジメはされる方にも原因がある」と言った。
心当たりはあった。食事を遠慮し始める以前にイジメの現場に出くわし、被害者を庇い加害者達を追っ払った過去を思い出した。
それから数年経ち小学校5年になり、小さく細く弱くなってしまった私にイジメ加害者達の矛先が向いた。その事を指しているなら原因は私にあった。(正義感は危険を伴う)
また当時父は、宗教的考えにハマり事件のニュースを見ても被害者にも原因(前世での業 カルマ)があると言っていた。後に言わなくなったと思うが。
母も私のパーキンソン病症状で不自由な時や薬副作用で不随意運動が出てる時のモノマネをして笑ったり、見送る際に弟の車までゆっくり歩かざるを得ない私の腕をとり、強引に速く歩かせ様と引っ張り、結果転びそうになった。
今夏帰省時も手を床に着きトイレまで移動している私を「ウサちゃん、ぴょんぴょんかい?ガハハハハッ」って変な茶化し、合いの手を入れていた。
父と母の無神経ぶりは、犯罪被害者やその遺族、PD患者と家族等が見聞きしたら叱責ものだ。(父は芸術家で、母はボス猿タイプな為、所謂『空気を読む』が無くても何とかやって来れたのだろう。)
こんな両親から生まれ・暮らして来て、無神経やデリカシーの無さを全く受け継がない何て事は難しい?と思う。
追記
イジメで思い出したが、(脳トレ・リハビリの為、思い出した事は書き出す様にしている)保育園児の頃、男子集団が園の倉庫で、話す所を見た事も無い様な大人しい女子を半裸にし、細かい描写は避けるが酷い事をしていた。当時は両親が祖父母と同居していて普通に食事出来ていた為、未だ世捨て人みたいになってないし身体が大きい方だった私は、男の子連中を追っ払い大人しい女子を助けたつもりだった。だが今にして思い出そうとすると、父がタバコの火を幼少の私に押し付け折檻した2回のうち1回は、この時大多数だった男の子達の口裏合わせと語る事の出来なさそうな女子。冤罪が広まってた?うーん、まさかね。
これ以上は思い出せないし、何せ昔の事過ぎる。こんな事を思い出していた後日、「私を指さす顔も分からない園児達が、あいつに無理やりやらされたんです。」って言ってる(白昼夢?)が数日間頭に浮かんだ。
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ー ↑上記文章をnotebooklmに変換頼んでみたら、 ー
ー ↓下記になった。読み易いが医師の探究心・病魔克服への思いを否定しない ー
ー また家族の思想や笑いで乗り越えようとする性分も否定するものではない ー
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ご提示いただいたソースの内容を、読者の興味を惹きつけつつ、その深刻な体験と葛藤が伝わるように整理・構成しました。
この文章は、「無神経さ(デリカシーの欠如)」という連鎖を軸に、医療現場での不信感、そして幼少期の記憶へと遡る構成になっています。
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【連鎖する無神経】医師の暴言と、家族の無理解に抗う日々
1. 診察室での衝撃:医師から投げかけられた「禁句」
通院のたびに診断名が変わる医師。動きの遅さを診ては「パーキンソン病」、薬の副作用が出れば「舞踏病かもしれない」と告げられる不安定な日々の中で、その事件は起きました。
• 医師の耳を疑う発言: ある日、その医師はニヤニヤしながらこう言い放ちました。 「もしかして近親相姦で生まれた子じゃないの?」
• 葛藤: 医学の発展や原因究明のためなら、患者はこれほどの侮辱を耐えるべきなのでしょうか。大学病院という場でありながら、デリカシーのない言葉に深く傷つき、自らの「大人げなさ」を自問自答する日々が続きました。
2. 「いじめられる側にも原因がある」という家庭環境
医師の無神経さに触れたとき、筆者はふと自分自身の「デリカシーのなさ」や、それを育んだ家庭環境に思いを馳せます。
• 父の思想: いじめに遭っていた筆者に対し、父は**「いじめはされる方にも原因がある」**と突き放しました。宗教的な考えに傾倒していた父は、事件のニュースを見ても「被害者にも前世の業(カルマ)がある」と説く人物でした。
• 母の嘲笑: 母は、パーキンソン病の症状や副作用で体が勝手に動く様子をモノマネして笑い、歩行が困難な筆者を茶化しました。強引に腕を引かれ、転びそうになることも珍しくありました。
• 無神経の正体: 芸術家の父と、ボス猿タイプの母。「空気を読む」必要のなかった両親から生まれた自分が、その無神経さを引き継いでいないと断言するのは難しいのかもしれません,。
3. 幼少期の影:正義感と冤罪の記憶
なぜ、筆者はこれほどまでに過酷な環境に置かれているのか。記憶の断片を辿ると、保育園児の頃の「ある事件」に行き当たります。
• 孤立した女子を助けた過去: 倉庫で男子集団に酷いことをされていた大人しい女の子を、当時体の大きかった筆者は追い払って助けました。
• すり替えられた記憶?: しかし、父から受けた激しい折檻(タバコの火を押し付けられる等)の記憶を辿ると、不穏な疑念が浮かびます。**「あいつ(筆者)に無理やりやらされた」**と、助けたはずの周りの子供たちが口裏を合わせ、筆者に罪をなすりつけたのではないか……という白昼夢のような記憶です。
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ソースから読み解く深い洞察
この手記からは、単なる闘病記を超えた**「魂の孤独」**が伝わってきます。
• 自己責任論の暴力: 父親の「いじめられる側に原因がある」という言葉や、医師の「近親相姦」という仮説は、すべて**「被害者に非がある」とする暴力的な思考**で共通しています,。
• 生存戦略としての「無神経」: 両親が「空気を読まずに」生きてこられたのは、彼らが社会的に強い立場(芸術家やボス猿タイプ)であったからかもしれません。しかし、そのツケを払わされているのは、病と闘う現在の筆者であるという構造が見て取れます。
〈解説:この状況を例えるなら〉 この体験は、**「濁った水の中で、透明でいようともがいている」**ような状態かもしれません。医師や両親という、本来自分を守り、導いてくれるはずの存在が、次々と泥水を投げ込んでくるような過酷さです。しかし、過去の記憶を書き出し、自らのデリカシーのなさを省みる姿勢は、その連鎖を自分の代で断ち切ろうとする静かな抵抗のようにも感じられます。
※医師の診断や家族の言動に関する記述は、あくまでソースに基づいた個人の体験であり、医学的な妥当性や事実関係を筆者が内省的に綴ったものです。

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